2010年2月9日火曜日

DoCoMo Prime Series "JUMP UP!"広告に思う事

 俳優と女優を用いた広告、DoCoMo Prime Series "JUMP UP!"を今朝方、電車内で見かけた。そこで思ったことがあったのでまとめてみる。

 「カメラ! 動画! ゲーム! アレもコレもとことん楽しめ。」とのキャッチコピー。俳優は三台のケータイをそれぞれのコピーに沿うスタイルで使っている写真がある。

 まず思うのは、"それぞれに特化"したケータイしかないのかということ。カメラにしろ、動画にしろ、ゲームにしろ、これら全てを一挙に引き受けるデバイスが、DoCoMoにはないということなのか?

 もちろん天下のDoCoMoなのだから、そんなことはないはずだ。どれも全て楽しむことができるはずである。

 しかし、それでは何故、それぞれのケータイがそれぞれの機能に特化したかのような広告を出すのだろうか。考えられるのは、スマートフォンへの対抗軸として、単機能に特化したケータイを考えているということではないか、という事である。

 多機能を不便なく使えるケータイというものは、ここ数年で世界基準となり、海外製のスマートフォンはそれを満たすようになった。もちろん、海外ドラマで出てくるような電卓のような液晶を搭載したケータイも、海外では大量に出回っている。しかし、多機能を不便なく使えるケータイは、間違いなく世界全体でケータイ市場における自身の比率を高めつつある。この手のケータイは日本企業だけのお家芸ではなくなってしまった。それはソフトェアだけでなく、ハードウェアについても同様である。

 ここで日本企業と海外企業の優劣を語るつもりはない。それは企業がこの先も生き残るか否かで決まるから、ここで自分が考えを表明する事は無駄だ。ただ、ある程度まで機能が高度なものになってしまうと、その先を行く技術、機能を搭載したデバイスをつくる事は難しい。飽和状態にあっては技術革新も難しく、費用はかさむ。

 ハードウェアはその傾向が顕著である。ソフトウェアにおいては比較的にその傾向は弱い。となれば、今後はソフトウェアの質によって優劣が決まるかもしれない。

 スマートフォンは比較的にソフトウェアにおける自由度が高く、ハードウェアが著しく陳腐化しなければOSやソフトのアップデートで新機能を使うことが出来る。では、日本のケータイはどうだろうか。

 どちらかといえば、日本のケータイは日本語入力システムを除いて、ハードウェアを重視して開発を行ってきた可能性が高い。1000万画素のカメラに、Felicaに、ワンセグを載せながら小型化・軽量化されたケータイを開発したのは日本企業だ。

 日本企業発のケータイに勝機があるとすればハードにおける性能の高さであり、それは優れた体験をユーザーにもたらす。高解像度のカメラでは高解像度で色鮮やかに写真が撮影でき、高精度の液晶では美しい動画が楽しめ、高スペックのCPUを使えば複雑なゲームが動作する。

 先にも述べたように、ソフトもハードも均質化された今、単機能特化型ケータイというものは、ハード重視の戦略においてスマートフォンとパイを取り合うための究極的な戦術ではないだろうか。ソフト・ハード共に均質化しているとは言え、少なくとも先に挙げた三つの点はスマートフォンのそれよりも単純に優っており、これを全面に出さない訳にはいかない。先に挙げたCMもそうした戦術の一つに思える。

 だが、ソフトもハードも均質化され、革新的技術の開発が困難な昨今、果たして1年後に登場する機種は何か目新しい機能を載せているだろうか。フルモデルチェンジしなければ、ライバル機種はすぐに肩を並べてくるだろう。しかし、それを防ぐ為には多大な技術開発費用と、マーケティングがミスを犯したかもしれないというリスクと付き合わねばならない。

 スマートフォンにおいても、この点は重視しなければならないだろう。ソフトウェアの更新、追加が容易だとしても、元々のソフトが優れたユーザビリティを提供できていなければ、市場での成功はありえない。ユーザーの期待することと実現可能なことの折り合いをつけて組み込まねば、優れた体験をユーザーに提供できないだろう。

 今、海外では、AndroidにNexus One、iPhoneにBlackBerryと旧来のケータイとは一味も二味もがその存在感,シェアを増しつつある。その流れが日本にも流入するかは分からない。しかし、確かなのはソフト面での争いに慣れていないケータイ市場に、海外製ケータイが登場してしまうと対処のしようがないことである。三日三晩でソフトウェアにおける経験の違いを埋めることは難しく、その為にはシェアを譲り渡さなければならない事態も当然に考えられるのである。

 iPhoneの一人勝ち・話題独占を止められなかったという点においても、日本企業がiPhoneに匹敵する話題性を持たせた、あるいは優れた体験をユーザーにもたらすケータイを市場に出せなかったというのは明らかである。

 iPhoneに対する反対意見の多くが、「◯◯ができないから売れない」というものであり、今やそれらの欠点はソフトの充実によって解消されてしまったことにも留意したい。

 以上のことから、今後は日本のケータイ開発元がソフト面に注力していくか否かが注目すべき点ではないか、というように思えてくる。

 そんな妄想。
 
 ※iPhoneよりメールで投稿してみたところ、改行がおかしなことになっていたので修正いたしました。

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