2010年2月16日火曜日

トヨタ・ホンダのリコール問題に思うこと

 中東の新聞記事を取り上げたところ、Twitter上でこのような反応が返ってきた。
 
 
 
 取り上げた新聞記事はこれ。
 
日本製は良質・・・は過去の話?―トヨタ・ホンダに続き、飛行機の座席(Radikal紙 日本語訳提供:東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクト)
 
 @naitoyujiさんの反応が自分には意外に思えたものの、確かにそういう問題の捉え方もあるのだなと感じた。そこで、今の自分の考えをここにまとめてみる。
 
 基本的にはどこの国で生産されていようとも、消費者にとっては企業イメージが先行して購入を決定するであろうから、販売企業に対するイメージの失墜は避けられない。例えば先日、iTunesStoreにおいてアカウントを乗っ取り、不正に買い物がなされたという事件が報道されていたが、日本におけるiTunesStoreはアイチューンズ株式会社によって運営されている。しかしながら、iTunesStore自体は、米国企業によって運営されているイメージが強い為に、事実上は直接関係しないはずのAppleのイメージが損なわれている。
 
 それに、例えば米国企業の製品なんだけれども製造は中国でやっていて、品質管理も中国でやっている製品が欠陥を持っていて、それが原因で消費者がケガを負ってしまったとしても、米国企業は中国産だからといって言い訳することができないだろうし、最終的な責任はその販売会社が負うことになる。なぜなら監督責任自体は米国企業にあるからである。だから@naitoyujiさんが指摘するように、アメリカ産の日本車に欠陥があったとしても、その責任はその車を企画・販売している企業にある。
 
 よって、企業として取るべき対応というものは、下請け・孫請け企業やその生産地の人々の責任を追及するのではなく、それを自身の責任として認め、問題の解決に当たるということであろう。それが道理にも適っているという側面が強く、結果として迅速な対応に当たれることから企業イメージの失墜をいくらかでも軽減することが可能なのである。
 
 だから、どうせ海外製の日本製品が問題なんだろうとしてこのリコール問題を軽視するべきではないだろう。今、海外の人々から注視されているのは、日本企業がどのような対応を行うかであり、その責任がどこにあるかではない。それ故、「日本製は良質・・・は過去の話?」というタイトルが新聞に掲載されるのではないだろうか。

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