2010年3月10日水曜日
普天間基地移設問題に対する純素人的私見
・普天間基地周辺 - Googleマップ
・厚木基地周辺 - Googleマップ
普天間基地は滑走路の延長線にも一般市民の建造物が多く存在する。一方で厚木基地は滑走路の延長線上には比較的建造物の少ない地域が続いている。
では、どこに移転すべきかという話になる。 今、与党内部で出ているのは大別して国外案・県外案・シュワブ陸上案・日米合意案だとすると、日米合意案が妥当になる。
国外案は論外だ。普天間基地を含めた沖縄に存在するアメリカ軍は、中国による台湾の武力併合を抑止している。特にヘリ部隊が数十分から数時間以内に台湾にアメリカ軍の兵士を上陸させられるということは、二つの中国にとって重要な意味を持つ。
確かに台湾は中国に友好的な政党が与党になっている。しかし、その与党がいつ変わるかは台湾に住む人々次第である。例えこのまま親中派が与党のままだとしても、武力併合の可能性は残っている。いくら親中派と言えども、自国領土を捨てるという売国行為を公然と行なうとは考えにくい。親中派にしろ、台湾に中国とは独立した政治体制があるから政権を運営できるに過ぎないからだ。
では、現日本政府が普天間基地から全ての部隊を国外に移転させた場合はどうなるか。それは中国に対して誤ったメッセージを発する可能性が高く、それをきっかけに台湾が武力併合された時、日本政府はどう対応するのだろうか。普天間基地に所属するヘリ部隊はアメリカが中台紛争に介入する意思があると示すものである事が世界的にも認識されているとすれば、日本政府は台湾を見捨てたという見方が成立してしまう。中国の人権の取り扱い方、共産党による一党独裁に対する批判は西側諸国を中心として根強いことを忘れてはいけないだろう。県外案も同様の理由から難しいだろう。台湾介入までの所要時間が増えるようなことがあっては、中国による武力併合が早期に完了した場合、アメリカは介入できなくなってしまうからだ。
シュワブ陸上案はどうだろうか。一見、海洋を汚染せず、失わず、合理的な選択のようにも思える。しかし、陸上部に代替基地を建設する場合、滑走路の延長線上に集落が存在する可能性がある事が問題になる。これでは普天間基地と同様の問題を抱えることになる。騒音問題に部品墜落が発生した場合、強力な基地反対運動が展開されるかもしれない。
ということは、やはり日米合意案が最も適切な普天間基地移転に伴う代替基地建設計画として浮上してくることになる。
何よりも重要なのは、台湾が中国によって武力併合されないということである。中国が台湾海峡に配備するミサイルの数は増えることはあっても減ってはいない。少なくとも軍事的圧力を弱めるつもりはないのである。
また逆に台湾が中国によって平和的に併合されるなら、それはそれで当事者同士の合意に基づいているのだから何ら問題はない。普天間基地に所属するヘリ部隊はあくまで「武力併合」を防ぐものである。つまり、中国・台湾における地域的な平和を維持しようというものであって、決してアメリカが好戦的な態度でそこに駐留している訳ではない。
もし普天間基地の代替基地を海外に設けることを考える政党がいるとすれば、それは台湾の人々が武力によって権利を侵害され、国を失ってしまうという反平和的行動を追認するということを認識しているとしか思えない。憲法が規定する、国際社会に対する貢献はどこに行ってしまったのか。
自国がよければそれで良いという考えでは、こういう案を考える政党的なアメリカ観がぴったりと日本自身に当てはまってしまう事に気付かないのだろうか。いい加減、武力=悪という考えを改めて頂きたい。
2010年3月2日火曜日
インターネットで公的情報を流す際の問題点 -原口総務大臣のTwitter利用問題-
・はてなブックマーク - 原口総務相釈明…ツイッターで津波情報流してた : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
・原口一博 トップ
上記の読売新聞の記事から考えてみた。
まず、原口総務大臣の行動で問題となるのは、彼個人(と思われる)アカウントでTwitter上の他のユーザーに対して地震・津波情報を流したということである。はてブのコメントを見る限り、正確な情報だったから問題ないとか、Twitterで公的情報が流される事は画期的だというものが多い。しかし、ここで問題なのは彼個人(と思われる)アカウントから発信されたという事が問題なのであって、情報の内容が問題なのではない。
というのも、まず先ほどから何度も「(と思われる)」と繰り返しているのは、@kharaguchiが現総務大臣の原口一博氏が直接に運用するアカウントか否かがはっきりしないから、その情報がまず第一に信頼できるか否かが分からないのである。
まず原口氏の公式サイトである。こちらを公式サイトと呼べるのは、民主党のプロフィールページに「ホームページ」として同サイトが記載されているからである。
・民主党:議員プロフィール 詳細 Who's Who
しかし、ここから@kharaguchiに飛べるリンクがないのである。トップページの「お知らせ」にはTwitterへのリンクとして「http://twitter.com」があるだけだ。Googleで「site:haraguti.com Twitter」で検索したが、@kharaguchiへのリンクはなかった。
・site:haraguti.com twitter - Google 検索
また、Twitterの公式ナビサイトである「twinavi」において「政治」のジャンルで@kharaguchiは紹介されていたものの、twinavi公認ではなかった。
・twinavi:Twitter有名人アカウント一覧:政治
また、Twitter自身で行なっている「Verified Account」というサービスにおいても「認証済みアカウント」とはされていない。
・原口 一博 (kharaguchi) on Twitter
なお、Twitterの公式サービスによる認証済みアカウントは以下のアカウントのように、名前の上に「認証済みアカウント」と表示される。
・Mandy Jiroux (MandyJiroux) on Twitter
・Twitter : 認証済みアカウント
以上のことから、@kharaguchiが現総務大臣の原口氏のアカウントかどうかは客観的には判断できない状況にある。鳩山首相が認証済みアカウントであることを考えると、このような状況のままにアカウントを放置し、その上で公的情報を流したことに問題があることが分かる。
・鳩山由紀夫 (hatoyamayukio) on Twitter
しかし、だからといって「認証済みアカウント」であるからといって公的情報を流しても良いかは、別の問題になる。
次に問題になるのは、そのアカウントは「公人」か「私人」かという問題である。アカウントに人という概念を当てはめることは間違っているかもしれないが、基本的にはそのアカウントを使う人の発言がそのままに記載されるのであるから、人として考えても問題はないだろう。
Twitterにおいてもブログにおいてもそうであるが、それが公式なアカウントであればあるほどに公人としての発言なのか、私人としての発言なのかを区別しなければならない。何故なら公人としての情報なのか否かというのは情報の受け手にとって重要なことであるからだ。そのアカウントの発言を真に受けて良いのか、それを政府の公式見解として捉えて良いのか、それを決める基準として「公人か否か」というのはとても重要である。私人としての発言なら取り合わない人もいるが、公人としての発言ならばその影響力は私人としての発言に勝る。津波情報に即して言えば、@kharaguchiの津波情報Tweetを公人としてのTweetと判断してよいのか、アカウントのプロフィール「原口一博です。よろしくお願いします。」からは判断できない。
もし、なりすましアカウントによって、さも政府の公式見解かのようなTweetがReTweetされまくった場合、大きな混乱を生じさせる恐れがある。TwitterはそのTweetのみをReTweet、つまり引用してTweetする為に前後のTweetが抜けてしまい、誤解を生みやすく、なりすましアカウントによって容易にデマを流布することができてしまう。あり得ないかもしれないが、あり得ないとも言い切れず、これはアカウントのパスワード管理についても同様のことが言える。例えば鳩山首相のアカウントが乗っ取られ、「宣戦布告なう」などとTweetされた日にはどうなってしまうだろうか※。
先日では、中国においてGoogleの提供するGmailもハッキングされ、メールにアクセスされそうになった。Twitterを使えば、多くの人に対して簡単に発言できるようになった反面、乗っ取られればその影響力を利用されかねない状況にもある。個人が運用しているアカウントが公人としての役割も果たしている場合には、パスワード管理についても注意する必要がある。
だから例えば総務大臣としてのアカウントを作成し、公人としてのTweetはそこに行ない、公務中ではない時の私人としてのTweetは@kharaguchiに行なえば他のユーザーには分かりやすい。@Ministry_MICなどを作り、Verified Accountにし、さらに総務省からアカウントページに直接リンクを貼れば済むし、広報用アカウントとしても利用できるので、より国民に近いところから政府の情報を発信できるようになる。
プロフィールに現職の地位を明記することである程度の解消にはなるかもしれないが、根本的解決にはならないだろう。そもそも大臣というのは恒久的に就任できる地位ではない。その時々の政権によって、または内閣改造によって人員が整理され、新たな人物が大臣に割り当てられる。その時、私人としてのアカウントが公人としてのアカウントの役割も果たしていた時、スムーズに公人としてのアカウントの役割を引き継ぐことができるだろうか。
特に前回の総選挙のように、与野党が逆転した場合には特に難しいのではないか。大臣職の引き継ぎ式の際にアカウントを紹介しあい、「引き継ぎなう、今日から@×××が大臣」とでもTweetすれば良いのかもしれないが、Twitter上の情報は基本的には過去に溯って見るという使い方はされない。元大臣がTweetしていけば、引き継ぎのTweetもログの中に埋もれてしまう。かといってプロフィールに掲示し続けるのもどうだろうか。また掲示の期間についても、既に公人としてのアカウントの役割を果たしてしまった訳だから拘束することも難しいのではないだろうか。
そのような自体が予測される為、総理大臣、外務大臣、総務大臣といった個別の地位のアカウントを設けてしまった方が管理もしやすく効率的であるように思える。また、政府機関は、情報を正確かつ迅速に伝える必要がある。政府機関による情報は国民の行動に多大なる影響力を持つからであり、その点で今の現職議員・大臣のTwitter利用法は、迅速というポイントはクリアしているかもしれないが、「正確」というポイントは全くクリアしていないように思われる。
なお、はてブの「既得利権うんぬん」のコメントについては問題の本質とは逸れるので、ここでは取り上げない。果たして読売新聞が、このような問題があることを知っていながら、原口氏の記事を書いたのかは疑問ではあるが。
ちなみに、アメリカ中央疾病管理局(CDC)を名乗るアカウントは「認証済みアカウント」である。
・CDC Emergency (CDCemergency) on Twitter
※鳩山首相のアカウントの場合は首相執務室に専用モニターがあることから、内閣府によって管理されているのかもしれない。しかし、同アカウントの自己紹介に「政治の話に限らず、身辺に起こったいろいろな話題について書いていければと思っています。」とあることから、同アカウントが「公人」と「私人」の両方の役割を担っているアカウントであり、不用意な発言が掲載されかねない状況にある。
2010年2月26日金曜日
派閥解体はパフォーマンスとしても「新しい自民党」に必要
確かに物心両面で落選時に支えてくれるのは、執行部などではなく派閥なんだろうけれども、如何せん派閥は閉鎖的でトップダウン過ぎたし、メディアに批判され過ぎた。今や「派閥」という言葉はマイナスのイメージしか持っていない。そのことが派閥の中にいる方々は分かっていらっしゃらないようだ。
そもそも自分が権力のトップにいる時に自己の権原を否定するような発言をするわけがないので、これくらいは予想の範囲内とも言える。しかし、こういう発言を"派閥の長"が繰り返すことが、どれだけ有権者にマイナスになるのかは計り知れない。有権者は「結局何も変わってないじゃん」という結論に行き着くことだってあり得る。実態とはかけ離れていようとも、「派閥」に対する大衆のイメージは「古い自民党」なのである。
では、派閥の長は何か派閥のイメージを変えるような発言をしただろうか。私は寡聞にして知らない。ただ、派閥解体論が出る度にそれを押しつぶそうと皮肉をつぶやいてみたり、本来の議論とは異なった視点から解体論を批判する。俺達だって努力しているんだと。だが、どう努力したのかが目に見えて来ない。これでは国民の理解は得られないし、無所属党員の支持も得られるわけはない。繰り返されるのは、権力にしがみつき続ける為のごまかしの言葉だけである。このままでは、いつまで経っても「新しい自民党」などには成り得ない。
そうした観点からすると先の総選挙はもっと激しく自民党が負けてしまっても良かったのかもしれない。先の総選挙直後は「解党的〜」という言葉が新聞の見出しに踊っていたが、今はそんな言葉は出てこない。果たして自民党は解党されて「新しい自民党」になったのか。"派閥の長"の言葉が、今の自民党の状況を如実に表しているのは間違いない。
今更、派閥を解体して何の意味があるのかという意見もあるかもしれない。確かに圧倒的敗退を受けてすぐに派閥解体、指揮系統の再編を実施できれば良かったかもしれない。だが、派閥を解体しないよりは全くと言って良いほど解体した方がマシだろう。党内における意思決定プロセスに変化があるのか、より自由に議論が交わせるようになるのか。そんなことは付随的なことに過ぎない。派閥解体は、国民に分かりやすい形で「古い自民党」の終了を告げ、「新しい自民党」の始まりをも告げるイベントなのである。そこに派閥解体の必要性がある。
民主党が今なお国民からそれなりに支持を受けているのは何故かといえば、それは分かりやすい対立構造(官僚対政治家や企業対労働者など)を作り上げ、国民に近い側について、相手に悪いイメージを抱かせて叩くことで国民の支持を得ている。その中身などはあまり問題にはなっていない。そうした動きは国民のとっては分かりやすいし、自分達の側に政治家がいるのだと、少なくとも分かりやすいから政治が身近にあると思わせる。それが国政として良いことなのか悪いことなのかは分からない。しかし、支持を得ることは民主主義では絶対の権原であるから、民主主義国家の日本においては至極真っ当なことなのだと考えている。
ある意味では民主党も試金石と言える。今では単純な対立構造を作ることは難しくなっている。普天間基地問題がそうである。当初は宗主たるアメリカ対政権交代して脱属国の日本という構造がイメージされてきたが、事は日本の安全保障、ひいては国民一人一人の安全に関わってくることになってきた。そこで対立構造が崩壊し、今ではどうすれば良いのかが分からなくなって、民主党のはっきりしない方針に対して、国民新党や社民党の意見が先鋭化し、メディアや国民の注目を集めている。これも社民党対国民新党という対立構造があって、分かりやすい形で利益がぶつかっている。人々の行動は分かりやすい方向に向かいやすく、今日の政治は分かりやすい方向に向けた者勝ちとも言える。
もちろん核密約のように分かりにくい形の政治も必要となる場面はある。しかし、今は「古い自民党」というイメージを国民の中から追い出すことの方が重要だ。そして追い出す為には分かりやすい形でならなければ意味はない。総裁よりも派閥が幅を利かせていることを国民はよく知っているからだ。先の麻生政権がそうであったように。その為に派閥解体が、「今の自民党」には必要なのではないだろうか。もし、派閥解体が近いうちに実行できないまま参院選になれば、またしても惨敗するのは目に見えている。もちろんそれ以外の要素もあって自民党大勝ははかない夢に終わるかもしれない。
しかし、政治不信、自民党不振に陥った国民に対して何をアピールできるかといえば、まっさらな状態の自民党であって、派閥によって黒ずんだ自民党ではないだろう。
保守政党としての自民党を打ち出しているものの、では今までの路線は保守と言えたのかは微妙であり、そもそも保守主義の先にある守りたいモノは何なのかが国民には分からない。ただの旧態歴然とした自民党を守る為の方針に見える。加えて、政策についてもあまり期待は出来ない。普天間基地問題について具体的言及を避けている節があるし、日米合意に基づいて履行すべきと言っても、沖縄の今後についてのビジョンもなければ経済政策についてのビジョンも希薄だ。そのような状況下で出せるのは、小沢幹事長が幅を利かせるような政党ではない真っ白な政党であることだ。
いきなり与党に返り咲くのは難しいだろう。しかし、だからこそ、与党に戻るまでの間に真っ白な政党として存在し、日本中を駆けずり回って意見や提案に耳を傾け、国政に挑んで欲しいと思う。
ただの理想論に過ぎないかもしれないが、自民党における派閥解体はこのような意味も含んでいて欲しいと、一有権者としては強く思う。
2010年2月25日木曜日
クラウド化が進めば容量なんて関係なくなる
TwitterでもTweetしたけれども、未読書籍だろうと既読書籍だろうとバンバン裁断してScanSnapにかけているのでiPhoneに入れたいPDFは溜まる一方。特に未読書籍は読む予定ではあるから常にiPhoneに入れておきたい。するとあっという間に残り容量が3GBに。iPhone 3GSの場合はビデオ録画が可能であるから、特に慢性的な容量不足が顕著になってくると思う。
以前も紹介したが、こういう解決策もあるにはあるが、読むまでに時間を要する為に応急措置に過ぎない。ダウンロードが終わるまでに読む気が大抵は失せている。
・b.E233.net: ScanSnapとiDiskとiPhone
しかし、フラッシュメモリには物理的制約がある故に容量は実質的無限には成り得ない。だがGmailなどのウェブサービスにおいては、ユーザーが利用できる容量というのは実質的に無限である。だから、今後は接続速度の改善とユーザーが利用できる容量の無制限化によって、iPhoneやAndroidが持つ物理的な容量による制約というのは問題がなくなるはず、だが、実際にはその為の解決手段としてのクラウドと既存の携帯電話ネットワークの高速化が進捗するか否かはよく分からない。いくらスマートフォン利用者が増えているからとはいえ、まだまだ携帯電話を利用しているユーザーは多い。だから、率先して日本が全面的に4Gを導入するかというと微妙な気もする。HSDPAでさえ全国どこでも3Gに繋がる場所なら利用できるかというとそうではないのだから。
それに携帯電話ネットワークに加わる負荷が増え続けるということを考えると、利用者が増えてもパケット定額等で基本的に利益は一定以上には増えないことから、キャリアの負担も大きくなる。そうなってくると、ソフトバンクが実施しているように××パケット以上は帯域制限を掛ける、といった制約が出てくるので、いくら回線が高速であろうが、接続速度が速かろうが、全く意味を成さなくなってくる。特にスマートフォンユーザーはAppStoreに代表されるように、既存のキャリアが設けた収益システムから外れた部分にあり、パケットばかり食いつぶすだけでそこからパケット定額代以上の利益を得るのは難しい。だからauはAndroidをラインナップに加えるにあたって独自のアプリストアを開設すると宣言しているのだろう。その為、スマートフォンユーザー自体の増加は歓迎するだろうが、そのユーザーがパケットを使いまくるような行為をすることは望んでいないだろうし、それに備える為の設備投資をしなければならないのだから、キャリアにとっての利益というのはあまりないように思える。
クラウドの高速化についても、基本的にはクラウドの本場はアメリカにあり、日本から利用するには太平洋の海底に沈む光ファイバーを経由しなければならないから、クラウドサーバー側でいくら高速化しても限界がある。故に、日本においてもクラウドデータセンターが必要になってくる訳であるが、MicrosoftやAmazon、それにAppleがそのようなデータセンターを開設したという話は寡聞にして知らない。
加えて実質的に容量を無限二してしまうと、買い替え需要というのが低減される恐れもある。iPod touchなどは64GB版が登場しており、そのように大容量化が進むにつれて買い替えを行っている人もいる。容量増加という付加価値を食ってしまう可能性もあるからこれまた、容量無限化というのは微妙である。それ以上の付加価値を新機種に加えればよいとも言えるが、現状ではそれも難しいだろう。
だが、いずれは音楽もPDFも動画も全部クラウドで管理して、携帯電話なりスマートフォンなりは本当にシン・クライアントになる日がやってくるはず、いややってきて欲しいと切実に願う。クラウドほどコンピュータへの考え方を変えた概念はないし、便利なものはないからだ。
2010年2月22日月曜日
インターネットの普及とジャンク漁りの楽しさは反比例の関係にある
過去形であることから察していただけるとは思うが、ハードオフに出かけたり、怪しいPC屋に行ったり、欠かさず秋葉原のジャンク屋をチェックするのは数年前までの話で、今では秋葉原の近くまで行く用事があっても、よほど時間に余裕がない場合はジャンク屋には行かなくなってしまった。
何故か。数年前、10年前近くまではメインPCがジャンクで購入したものだったが、最近ではMacBookや同Proに乗り換えたからというのもあるかもしれない。しかし、どうもここ最近のジャンクは値段が上がる一方で、掘り出し物率が異様に低くなってしまったからではないかと、考えている。
というのも、インターネットが一般に普及するにつれて、目の肥えた人でなくともジャンク品の中から掘り出し物を見つけることが容易になったことと、同じくインターネットの普及によって、ジャンク屋が型番から製品を特定することが容易になり、それ相応の値段をつけるようになってしまったことが背景にある気がする。
一昔前までは、インターネットで検索するにもGoogleの日本語版はなく、gooやYahoo!で検索しなければならなかったし、ブログサービスなどなかったから手軽に情報発信をすることが難しかったから、ジャンクの情報なんてものはあまりなかった(ような気がする)。しかし、今では誰もが簡単に情報を発信できるようになったし、ケータイやスマートフォンからもインターネットが見られるようになったので、参照性も高くなった。だから、容易にジャンクに関する情報を店先で見ることができるようになり、結果として買う側は賢くなったし、売る側も賢くなって、掘り出し物率が低下し、値段も高騰したのではないか。
それにジャンクであるにも関わらず、製品価値相応の値段を付けてしまうというのも、なんだかなーと思わせる。ジャンクで1万円ってのもどうなんだろうと。小市民かつ学生の自分には高い。むしろ、店側がその価値を認めているのであれば、店側で修復して中古品として売ってしまう方が良いように思える。確かにサポート等々で面倒なことになるだろうけれども。
あとは秋葉原に人がよく来るようになって、ジャンクを買う人が増えたっていうのも需要増加による値段高騰と、競争率の増加による掘り出し物率の低下に繋がっているのかもしれない。
2010年2月20日土曜日
タグ付けなんて意味あるの?
Evernote(Mac版)は先日アップデータが公開され、日本語検索能力が向上した。これまたMacに限られる話ではあるが、Spotlightを利用することでEvernoteに貯めてあるノートを日本語検索することは可能だったし、Evernote単体でも、検索キーワードがEvernoteによって自動的に分離されるという問題があったが、日本語検索は可能であった。以前、タグ付けをする理由として日本語検索能力がEvernoteなどの欧米で開発されたサービスは総じて低いということから、タグ付けをする意義を述べていた記事を読んだことがあったが、それはもう過去の話なのである。
はてなブックマークにおいても相変わらず「タグ付け」が存在するようだ。Googleブックマークは、ソーシャル性という意味でははてブには負けるが、検索の利便性という点では非常に便利だ。気になるキーワードで検索すれば、ブックマーク先の内容まで参照した結果を返してくる。
タグ付けというのは面倒なもので、例えば英語であればアルファベット一文字を間違えただけで全く別のタグになってしまう。日本語においても漢字変換次第でミスれば別のタグになったまま保存されてしまう。だからタグに基づいて検索する時、間違ったままタグ付けされた情報は出てこないままになる。それにタグを考えるのも面倒だ。キーワードをタグにするにしたって、ScanSnapのようにマーカー部分をタグにするのとは違って、基本的には人力で考えるものである。
デジタルでメモを取る上で、最も考慮しなければならないのはインプットのプロセスに負担を掛けないこと。紙でメモを取るのと同じくらいに、何も考えずにスムーズにメモを取ることが重要なのである。データをストックしていく為にもプロセスに負担があってはならない。負担があればあるほど、利用する頻度というのは減退していくし、時間を無駄にしてしまう。
情報をデジタルなままに保持しておくことの最大の利点は、それを後で検索することが可能であるということであり、わざわざタグを付けて整理しているのでは、紙にメモして後で内容別にファイリングしているのと相違ない。確かにファイリングの手間とタグ付けの手間を比較すれば、後者の方が断然手間が少ないわけであるが、その手間さえも省くことができればもっと良い。そして、今日では様々なサービスで検索能力が向上しつつあり、もうタグ付けは必要ないのである。
個人的にはタグが必要だと思うのは、検索する為ではなく、常にファイリングしておいておくことで意味がある場合。
自分の場合、Evernoteではノートを大量に作り過ぎるとiPhoneから参照する時に不便だから、セメスターごとにノートを作り、あとの講義は全てタグで分類してある。そのタグでさえほとんど使うことはない。このノートがどの講義に分類されているかという確認の為のタグであって、検索はタグとは全く関係なしに行うし、基本的にはキーワードの意味とかそれにまつわる事柄について知りたい時に検索するのだから、どの講義であろうと知ったことではない。
あとはメモの内容の要約としてタグ付けというのも考えられるが、これも結局は要約となりうるキーワードを文中から抜き出す訳であるからプロセスに負荷がかかり、あまり意味がある事とは思えない。検索してヒットした部分の前後を読めば大抵のことは分かる訳だから。
そんな訳で超個人的には検索偏向なので、タグ付けの必要性はないように思われる。
※今回は情報のストックと事後利用という点でタグ付けの必要性を疑問に思っただけで、ブログにおけるタグ付けは意味があるように思う。ブログにおいては、タグを付けなければ基本的には関連記事は表示させられないからである。